蝶の舌

蝶の舌(1999年)

監督:ホセ・ルイス・クエルダ
代表作品:にぎやかな森


主演:フェルンド・フェルナン・ゴメス(グレゴリオ先生)
マヌエル・ロサノ(モンチョ)
ウシア・ブランコ(母:ローサ)
ゴンサロ・ウリアルテ(父:ラモン)


== さくらの思い ==


スペイン内戦・・・
さくらは、この内戦について、何も知らなかった。
だから、初めてこの映画を見たときに、泣けるには泣けたけど
どうして、最後にこんなことになってしまうの?って思いながら見ていた。
だから、スペイン内戦について、少し調べて、何度か見ていくうちに
最後の、シーンがまた違った涙へと変わったのだ。

こういった戦争映画は、爆撃シーンがない変わりに、
心に
すごい鮮烈な印象
を残してくれる。

モンチョが大好きだったグレゴリオ先生に、

「アテオ!(不信心者)アカ!」
と叫ばなければならないシーン。
内戦が招くこの無残な別れ・・・さくらは涙が止まらなかった。
思想の違いがきっかけで、昨日まで平和に過ごしていた時間を
子供たちから奪ってしまう戦争の意味が、まったくわからなかった。

先生が教えてくれたこと、大好きだった時間。
全てが失われていく。
全てが先生のトラックと共に、去っていく。

大好きな先生に向かって、こんなことを叫ばなければならないモンチョ。
そんな大好きな先生に、さよならと言えないモンチョの胸の痛み。
さよならの代わりに発した、モンチョの言葉、そしてその思いは
先生に届いたのだろうか?

先生が、最後に生徒と向き合い

「自由は誰にも奪えない。
自由に飛び立ちなさい!」

と言ったのは、この時代が終わったときにいつか自分たちの手で自由を奪い取り
その自由を手放してはならないという、教えだったのかもしれない。


== さくらのための覚書 ==

舞台は1936年、人民戦線派が総選挙で勝利した頃から、
クーデター勃発までの最も緊迫した揺れ動く時期。

モンチョは、喘息もちのため、みんなと一緒に一年生になれなかった。
前に兄のアンドレスに、学校の先生に叩かれた話を聞いたモンチョは
怖くて寝つけない。
そして初登校の日・・・
母ローサが「子すずめがはじめて巣を離れるようなもので」と
挨拶したのを聞いていた生徒が、モンチョが教室に入るなり
「スズメだ!」とからかったことから、先生がモンチョを前に呼びつけた。
「スズメでいいのか?」と聞くと、モンチョは怖くておもらしをしてしまう。

身を隠してしまうモンチョ。街中の人が昼夜探し回り、やっと見つけ出される。
翌朝グレゴリオ先生が、家に訪れたときに「アメリカ行きの船に乗る気だった」と
聞かされ、驚く。「私に叩かれると思ったのか?」心配し、更に「彼に謝って
学校へ戻るように伝えたい。」「彼を呼んでください。」と親を説得し
モンチョを呼び寄せた。そのモンチョにグレゴリオ先生は
「スズメが嫌ならやめるよ。みんなも悪気はない。許してやりなさい。
すぐに忘れるさ。」と優しく諭し、その言葉に安心したモンチョは
次の日から登校することになる。

ある日、授業中に一人の生徒の父親が入ってきた。
「全然算数が出来ない!叩いてもいいからしっかり教えてくれ!」と
言い、特別目をかけてもらおうと、鳥2羽を教室においていった。
しかし、グレゴリオ先生はそれをその生徒本人に返し、決して受け取らなかった。

グレゴリオ先生は、他にもジャガイモはコロンブスの時代にアメリカから来たものでそれまでは、栗を主食としていたこと。コーンもなかったこと。
を教えてくれた。

正しいことをする先生。真実を伝えてくれる先生。
そんな先生をモンチョは、心から慕っていった。
一方、母はそんな先生がアテオ(神を信じない人)であることを気にかけていた。

グレゴリオ先生は、その後も生徒たちを叩いたりしなかった。
授業中、大騒ぎをしてやまない生徒にも、注意をしその後は何も言わずに
生徒が気づくまで黙っていた。モンチョとホセがけんかをしても
仲裁に入り「ヤギのけんかだ!」と言い残す以外は、何もしなかった。
そして、教室に戻った生徒たちに「春の暖かい日になったら、校外で生物の
勉強をしよう!」と提案する。

「自然は、私の親しい友であり、人間が見ることの出来る

最大の驚異なのだ」と。
その目は、何も知らない子供たちに真実を教えようとする愛情に満ち溢れていた。

「アリが、ミルクや砂糖を得るために、家畜を飼っていることを知ってるか?」
「水グモが、何百万年前に潜水艦を発明したのを知ってるか?」
「蝶に舌があるのを知ってるか?」
初めて知る事実に、モンチョは驚きを隠せなかった。
「蝶の舌は、象の鼻のように長いが、細くてぜんまいの鋼のように巻かれている。」
そして、黒板に蝶の舌の絵を書いて見せてくれたのだ。
他にも、オーストラリアがオセアニアにあること。
ティロノリンコと言う鳥が、オーストラリアにいて、大好きなメスに
蘭と言うとても高い花を贈ること。などを教えてくれた。
すべてがはじめて聞くことで、ますます、グレゴリオ先生が好きになるモンチョだった。

ある日、兄のアンドレスと夜道を歩いていると、サックスのケースを持っていたことから
「オーケストラに入らないか?」と言われ、地元のブルーオーケストラに入ることになる。
そして、町のカーニバルの日、そのオーケストラの初演奏があったが
アンドレスは、「吹くフリでいいからな。」と言われ、実際の演奏は出来なかった。
人々は、その音楽に身を委ね、ダンスを楽しんでいた。
モンチョも親友ロケの妹のアウローラとダンスを楽しんだ。

そして、春が来た。
グレゴリオ先生は、生徒たちを校外学習へ連れて行った。
そこに一匹の蝶が・・・
「蝶の舌の話を覚えているかな?」の問いに、答えたのはモンチョだった。
「ぜんまいみたく巻いてある。」
「なぜか?それは花びらの奥にある蜜を吸うためだ。」
「蜜って?」
「昆虫たちを引き寄せるための甘いジュースだよ。
その代わり、昆虫たちは花粉をそこら中にふりまく。」と教える。

すると一人の生徒が「アリ塚だ!」と叫び、みんなで走り寄る。
そのとき、モンチョは喘息の発作を起こしてしまった。
先生は、モンチョを川の水につける。すると発作はおさまったのだ。

モンチョを家に運ぶと、先生の服をアイロンがけしたり、温かいスープを
用意したりと、両親がとても感謝していた。
母がスープの支度をしている間、父と先生が「共和党」の話で盛り上がり
気をよくした父は、先生にスーツを仕立てたいと申し出る。
先生は遠慮したが、同じ共和党ということもあって、承知してしまう。
スーツが仕立てあがった日、モンチョは先生の家に届けに行く。
先生は、奥さんの写真を見るモンチョに「ベッドも鏡も虚しい」話をする。
そして、本をいっぱい読みなさいと「宝島」を渡した。
そして、虫取り網も。グレゴリオ先生は、虫取り網の使い方を知らないモンチョと
ロケを野原に連れて行き、虫の捕り方を教えた。
そして、捕まえたアイリスを見せながら
「この美しい色は、鱗が屋根がわらのように重なりあう仕組みから生まれるんだ」と
教えてくれた。舌を見たいというロケに「顕微鏡がないと見えないんだ。」と
教え「顕微鏡は、とても小さいものを見る機械」だということも教えてくれた。
顕微鏡はすでに発注しているが、何もかもがゆっくりのマドリードでは、まだ届かなかった。

ある日、モンチョ一家が夕飯を済ませ果物を食べていると、異母兄弟の女が現れた。
母が亡くなったので、棺台と埋葬代を出して欲しいと。
翌日モンチョはその葬儀をこっそりのぞきにいった。
モンチョはそこで初めて
「死」に直面したのだった。
心のどこかで死の恐怖を覚えながらフラフラ歩いていると、
偶然グレゴリオ先生に出くわした。モンチョは先生に死について聞いてみた。
先生は「両親はなんと言っているのか?」と逆に聞いた。
母は、善人は天国へ、悪人は地獄へ行くと言うが
父は、最後の審判で金持ちは弁護士を雇うと言っていると言う。
先生はここだけの話だとモンチョに約束をし
「地獄は存在しない。憎しみと残酷さそれが地獄の元になる。
人間が地獄を作るのだ。」と教えた。

モンチョと兄アンドレスは、ブルーオーケストラで海外にいけることになった。
行く先はサンタ・マルタ・デ・ロンバス。
そこで、二人はある男の家にホームステイすることになった。
そこには、ネナと言う美しい中国人の女性がいた。
アンドレスはネナの美しさに一目ぼれをしてしまう・・・
彼女は、耳は聞こえるが声が出ない。
食事中、家主の男が彼女が声を失った経緯を話し始めた。
彼女が4歳のころ、この家に狼が襲いに来て、男たちと番犬は狼を追って
外に出てしまった隙に、他の狼が彼女を襲い、それ以来、声を失ったと・・・
「なぜ、娘さんは中国人なの?」とモンチョが聞くと
「妻だ!」と言う男にアンドレスとモンチョは言葉を失ってしまう。

パーティーの夜、演奏をするブルーオーケストラ。
そんな彼らの演奏を一目見ようと、ネナが素敵なドレスをまとい
会場にやってきた。しかし、決して表に出ることはなく
木陰からこっそりとアンドレスを見つめていた。
そんなネナをみつけたアンドレスは、彼女のためにアドリブでソロ演奏を
始めてしまう。その演奏に、涙を流すネナ。
そんなネナを力強く家主の男は連れ帰ってしまったのだ。
ネナは、何度もアンドレスのほうを振返っていた。

帰宅の日・・・野原をかけぬけ、ネナはアンドレスの乗る車を必死で追いかけ
こっそりと手を振り見送ってくれた。
そんなネナをみて、涙が止まらないアンドレスに
モンチョは、グレゴリオ先生の言葉を投げかけた。
「ベッドも鏡も何もかも虚しいものだ。要するに人間すべてが孤独だ。」と。

夏休み前日、グレゴリオ先生が引退する旨が伝えられた。
先生は、生徒たちへ言葉を送った。

「春になると野がもが愛を交わすために古巣に戻ってきます。
誰もそれを止められません。
羽を切ったら泳いできます。
脚を切ったらくちばしを櫂にして波を乗り越えます。
その旅に命をかけているのです。
今、人生の秋を迎えどんな希望をもてるのか、実は少し懐疑的です。
狼は羊を仕留めるでしょう。
しかし私は信じます。
もし我々に続くひとつの世代が、自由なスペインに育つことが出来たら
もう、だれもその自由を奪えないことを。
誰もその宝は奪えないのです。
自由に飛び立ちなさい!」


モンチョは、そんな先生とのお別れが受け入れられなかった。
「もう、虫捕りに行けないの?」
「これから夏休みだ。毎日だって行ける。
面白くなるぞ!顕微鏡が届いたんだ!」

二人は、夏休みに入って虫捕りへ出かけた。
たくさんの昆虫を捕まえては、ビンに詰めた。
そして、蝶を捕まえ「舌を顕微鏡で見よう!」と誘う先生を無視して
モンチョは女の子の声が聞こえる川原へと走っていった。
そこには、モンチョが好きなロケの妹アウローラがいた。

先生は、モンチョに近づき「ティロノリンコは?」と聞いてみる。
すると「好きなメスに蘭の花を贈る。」と答えるモンチョ。
先生は「ティロノリンコのようにしなさい。」とモンチョに白い花を渡す。
モンチョはアウローラにその白い花を手渡すと、キスをもらった。

そのころ、国の情勢は悪化の一途をたどっていた。
内戦が始まろうとしていたのだ。
これまで教わってきた価値観は崩れ、共和派の人々が取り締まりを受ける。
モンチョの父ラモンも、共和党であったが、母がその証拠を全て焼き尽くした。
グレゴリオ先生も共和党員。
母は、モンチョに「先生にスーツを作っていないと言いなさい!」と
きつく諭した。
そして、広場に集まった群集の前に、共和党の人々が一人づつ姿をあらわした。
「アテオ!(不信心者)アカ! 犯罪者!」彼らを罵る声が飛び交う。

ロケの父親、ブルーオーケストラのアコーディオン奏者。
そして最後に
グレゴリオ先生。
そんな身近な人たちに対して「アテオ!アカ! 犯罪者!」と叫ぶ群衆。

「お前も叫ぶのよ」母がモンチョにそう叫ぶ。
先生を見つめるモンチョ。
モンチョを見つめる先生。
「アテオ! アカ!」「アカ!」と必死に叫ぶモンチョ。

やがて、グレゴリオ先生を乗せたトラックが走り出すと、
モンチョは必死でその後を追った。

他の子供が「アテオ!アカ! 犯罪者!」と叫ぶ中
モンチョだけは、先生が教えてくれた

大切なものをさよならの代わりに投げかけるのだった。

「ティロノリンコ」
「蝶の舌」


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